消化管の最終部である「直腸」は、単に“便を出す場所”ではありません。
排便のための精密な神経反射や筋肉の協調運動が関与しており、救急現場でも失禁や便秘、直腸出血などの理解に直結する重要な臓器です。
本記事では、救急救命士国家試験対策として「直腸の構造・働き・病態・現場での評価ポイント」までを詳しく解説します。


■ 直腸の解剖学的構造

直腸(rectum)は、大腸の最終部に位置し、S状結腸から連続して肛門管へと続きます。
長さは約15cmで、骨盤腔内を走行し、最後に肛門へと至ります。

◇ 位置と形状

  • 上部は仙骨の前面に沿って下行し、途中でやや後方に湾曲(仙骨彎曲)しています。
  • 下部では肛門方向へ向かうため、2つの湾曲を描く「S字状の構造」となっています。
  • 男性では前方に膀胱と前立腺、女性では子宮と膣が位置し、これらとの位置関係も臨床的に重要です。

◇ 壁構造

直腸の壁は、他の消化管と同様に4層構造をなしています。

  1. 粘膜(mucosa):円柱上皮に覆われ、吸収よりも分泌と保護が主な役割。
  2. 粘膜下層(submucosa):血管や神経が豊富で、出血時の止血困難の一因になります。
  3. 筋層(muscularis)
     ・内輪筋(内肛門括約筋)
     ・外縦筋(外肛門括約筋)
     これらの収縮・弛緩が排便をコントロールします。
  4. 外膜(serosa / adventitia):上部は腹膜に覆われますが、下部は覆われず、周囲組織と結合します。

■ 直腸の生理学的働き ― 排便のメカニズム

直腸の主な機能は「便の一時的な貯留」と「排便動作の制御」です。
ここでは排便の流れを生理学的に整理します。

① 便の移送と貯留

大腸で水分が吸収されて形成された固形便は、蠕動運動によってS状結腸から直腸へ移送されます。
直腸に便が到達すると、粘膜に存在する伸展受容器が刺激を受けます。
この刺激が**仙髄(S2〜S4)**に伝わり、反射的に内肛門括約筋が弛緩します。
これを「排便反射(defecation reflex)」と呼びます。

② 反射と随意のコントロール

排便は反射的にも起こりますが、人間の場合は随意的な制御が加わります。
外肛門括約筋や骨盤底筋群(恥骨直腸筋など)は**随意筋(横紋筋)**で構成されており、
「今は出したくない」と意識的に抑えることができます。

  • 反射的制御:仙髄を介した自律神経反射(副交感神経)
  • 随意的制御:大脳皮質・脊髄を介する体性神経制御

この両者のバランスによって、排便のタイミングがコントロールされています。

③ 排便動作

排便の際には、以下の協調運動が起こります。

  1. 横隔膜と腹筋群の収縮(腹圧上昇)
  2. 骨盤底筋群の弛緩
  3. 内外肛門括約筋の弛緩
  4. 便の排出

この一連の動作がスムーズに行われるためには、神経・筋肉・意識の連携が不可欠です。


■ 臨床・病態との関係

直腸の機能異常は、排便トラブルとして現れます。救急現場でも次のような病態を念頭に置くことが重要です。

◇ 便秘(constipation)

高齢者や寝たきりの患者で多く見られます。
原因は食物繊維不足や水分摂取不足のほか、排便反射の低下直腸感受性の鈍化もあります。
直腸に便が長時間停滞すると、反射が鈍り、さらなる便秘を引き起こします(直腸性便秘)。

◇ 直腸出血

  • 痔核(じかく):粘膜下の静脈叢が拡張したもの。出血は鮮血が多く、排便時に付着します。
  • 直腸潰瘍・炎症性疾患:潰瘍性大腸炎や感染性腸炎でも出血を伴うことがあります。
    救急搬送時には**便の色・性状(黒色便か鮮血便か)**の確認がポイントです。

◇ 直腸脱

骨盤底筋群の脆弱化により、直腸の一部が肛門外に突出する状態です。
高齢女性に多く、排便困難や失禁を伴います。
応急的には清潔な湿布で還納を試みることもありますが、原則として外科的評価が必要です。

◇ 直腸損傷

交通外傷や骨盤骨折で発生することがあり、感染や敗血症のリスクが高い重篤な病態です。
救急隊員は、肛門出血・ショック兆候の有無に注意します。


■ 救急現場での評価ポイント

直腸は直接観察が難しい臓器ですが、以下の情報から異常を推測できます。

  1. 排便の有無・最終排便時刻
     便秘や腸閉塞を疑う材料になります。
  2. 便の性状
     - 黒色便 → 上部消化管出血
     - 鮮血便 → 直腸・肛門出血
  3. 腹部膨満・圧痛
     直腸内ガスや便貯留の可能性。
  4. 意識障害や脊髄損傷症例での便失禁
     中枢性の排便反射障害が考えられます。

特に、脊髄損傷や脳卒中後の患者では、排便反射が保たれないことがあります。
そのため、救急現場では「便失禁=中枢神経障害の可能性」としてアセスメントに含めることが重要です。


■ 国家試験に出やすいポイントまとめ

  • 直腸の長さ:約15cm
  • 排便反射:仙髄S2〜S4、副交感神経支配
  • 内肛門括約筋:平滑筋(不随意筋)
  • 外肛門括約筋:横紋筋(随意筋)
  • 排便反射の主な経路:直腸伸展 → 仙髄 → 内肛門括約筋弛緩
  • 排便抑制には外肛門括約筋の随意収縮が必要

■ まとめ

直腸は単なる「出口」ではなく、
中枢神経と自律神経の協調によって排便を制御する“精密な機構”を持っています。
救急現場では、直腸の働きを理解することで、便秘・出血・失禁といった症状の背景を正確に評価できます。

直腸の解剖と生理を知ることは、消化管全体の理解を深める上でも欠かせません。
国家試験では「排便反射」「神経支配」「筋の種類」が頻出項目です。
基礎をしっかり押さえて、臨床現場に活かせる知識として定着させましょう。

By TETSU十郎

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